自分の足で歩く。

スキー&スノーボード2004-2005

<   2006年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

性格。

ね、お互い、たまには、仕事とか責任とか、やらなきゃいけないこと、やるべきことを後回しにすればいいのに、たまには、会社なんて休んじゃえばいいのに、幸にも不幸にも、それができないから、結局、疲れちゃうんだよね。

ただ、よかったのは、ふたりともそういう性格なこと。

お互いみて、休んじゃえばいいじゃん、たまにはやりたいことやろうよ、って思いながら、あ、自分もできないじゃん、って。

大切なのは、正直で、まっすぐで、お互いのことを尊重すること。

じゃ、仕方ないのね。(笑)
[PR]
by piccolamirai | 2006-07-25 16:09 | つぼみ

情報依頼。

今年の夏休み計画。

シチリア低バジェット旅行。

シチリアに詳しい方、agriturismo、お勧めホテル、レストラン、スポット、など教えていただけませんか?

もう、藁にもすがりたいくらい、計画性ゼロ。このままだと、とりあえず船にのって、それから考えることになりそう......。


よろしくお願いします。
[PR]
by piccolamirai | 2006-07-24 20:52

電車。

イタリアの電車事情がよくないのはみなさんご存知だと思います。

5分遅れは遅れではないのか、アナウンスもないし、平気で30分とか遅れるし、放送もかなりいいかげん。
電車こないのに、または到着しているのに、アナウンスもなかったりするから、毎日乗ってないと、何がなんだかわかんなかったりします。

その上、24時間ストライキが1回、多いときは2回/月、とかあるので、電車通勤の私にはかなりつらいのです。もちろん、遅延届けなんてありません。

朝は寒いのに冷房ガンガンで凍りそうなくらい寒いのに、帰りは8両編成の6両が冷房こわれてて、残りの2両は1st classだったり。それも、1stなんてガッラガラだったりします。ドアがあかなかったり、窓が開けられなかったり(冷房車では、窓が鍵でしめられてて、開かなかったりするんです。じゃ~、冷房常に正常に機能させてください"怒")。

今月は仕事帰りの電車がとにかく悪かった。アナウンス無し。いっつも家に着くのは予定より20分以上遅かったりします。

それも、駅が熱い。(もう"暑い"どころではありません。)だって"影"がないんだもん。

ところが~、昨日、おっそろしいことに、今月に入って3回目くらいかな、電車が時間より5分しか遅れないで到着したんです。それも"新車"。

中はきれいだし、二階立てだし、デジタル表示で 「時速」、「遅れ」、「内部温度」、「外部温度」、「行き先」とかでてるし。もう、びっくらこいてしまいました。

ところが、なんだか暑い。冷房、きいてないじゃん。表示をみると。


(外部気温) ->  35度
(内部気温) ->  38度 
(時速) -> 38km/時間
(遅れ) -> nessun(無)

中の方が暑いじゃん。で、時速38kmでも遅れないの?

あ~、やっぱりイタリアでした。

ここで腹がたっても、あっという間に「仕方ないな」って思える自分。近くの人と、「ね~、」って愚痴れる自分。

成長しました。
[PR]
by piccolamirai | 2006-07-20 18:47 | イタリア人

長い、長い、独り言。

先日、toscanaの『mo』さんのブログで、海外に住むこと、外国人であること、人種差別のこと、に関する『独り言』がでてました。
それに対してよせられた、たくさんのコメントを読ませていただいて、ふと、考えました。

私は、イタリアに来て、4年たちました。イタリア語もわからず、イギリスで出会ったイタリア人の彼の近くにいるために、大学卒業とともに、イタリアへきました。

へんな話、私は、周りのイタリア人を「イタリア人」として認識することはあまりないんです。ただ腹が立ったとき、イタリアの文化にイライラさせられたり、わくわくさせられたりするときに、「あ~イタリア人って...」とか、「イタリアって国は...」とか思うくらいで。外国人を、外国人として認識することはほとんどない、ってのが本当です。

日本人の女の子だからっていうので、「なめられ」ることも多々ありましたし、今もかなり減りはしましたがあります。初めは正直、『怖かった』し、落ち込んだり、悩んだり、周りの人の軽く行った言葉やジョーク、視線、なんかに傷ついたり、悩まされたりしてました。

それと同時に、もうひとつ大きな問題があったんです。それは、「プライド」。イタリア人がイタリア語を話せるのに対して、私は話せない。それだけで、自分の意見がいえない。みんなのスピードについていけない。タイミングも合わないし、意見を言えるころには、もう話題は変わってる。みんなが笑っているのに、ついていけない。後で説明してもらって、「時差つき」でひとりで「ほほえま」なきゃならない。本来なら簡単にできて、もっと要領よく、気をきかせてできるであろうことが、できない。そんな自分をだせない、そんな自分への周りの評価を気にし、自分への自身を失うことがしばしばありました。

そんなとき、彼と別れて、ひとりで(それも犬をかかえて)生活していかないといけなくなったとき、そんなことを考える時間がなかったんです。とにかく、仕事にうちこんで、稼がなきゃ暮らしていけないし、犬は育てなきゃいけないし。もうかれこれ、2年以上、毎朝、4時半に起きて犬の散歩して、6時の電車で出勤。帰宅は18時半。すぐにミライを散歩に連れて行って、ってくらしをしています。しばらくは、それにプラスして夜間、勉強もしにいっていました。やっぱ、女の子であるってことで、真剣に受け止めてもらえなかったり、つかえないくせに男の子だってだけで、信頼を預けられている同僚にイライラしたり。そんな中で、「精一杯」やってる自分に気がついたの。いつの間にか、会社の中で自分のポジションを築くことができた。同僚にはっきりと、意見もいえるし、けんかだってできる。(いばることじゃありませんが...「建設的」なディスカッション、といいますか)。お客さんの信用も得られてきたし、あの男たちよりも仕事ができることも証明してきた。イタリア人と同じ仕事を、日本語が話せる、また日本人であることを強みにもって、できる。常に成長していきたい、そう思える、そんな自分がここ2年ででてきました。

この瞬間、私の中で何かがかわりました。結局、差別、または人種の違いを問題にする人は、結局、それだけの経験、または教養、のない無知な人。私にとって、その人が大切な人であれば、わかってもらうように努力はするかもしれない。でも、結局、相手を変えようなんていうのが、間違い。自分のことだって、そう簡単に変えられないのに、他人を変えようなんて、正直、無理なんじゃないかな。でも、もしそんな人がまったく私に関係のない人な場合、そんな人の言葉や視線、態度にいちいち、私の大切な時間の一部を割く、つもりは一切ないってあんまりきにしなくなってきたの。たとえば、お馬鹿そうな、男の子に「日本人は、全体的にブサイクだよね。」って言われても、「だから?たぶん、女の子の大半が、お金もらったて、君とつきあうのはごめんですっていうと思うよ。って、軽~くお返事するようにします。

私にとって、人種は、性別、髪型、言葉、方言、仕事、趣味、生き方、価値感がみんな違うのとまったく同じこと。たとえば、私とイタリア人の彼の間には、性別、言葉、髪型、人種、仕事の差があるけど、趣味や、価値感、生き方は一緒。私の日本人の友達は言葉、人種は一緒だけど、価値感も、性別も、生き方も違う。

私の中で、『自分対する尊敬』が大切。これがあれば、たいていのことはがまんできるし。

今私が一番、つらいのは、ここには私の『過去』がないこと。みんなが、昔の曲や、映画、場所、なんかに数十年の過去を思い出させられるのに、私にはそういうものも過去4年分しかない。「あ~あのころ、あのとき」て過去をシェアできる人もいない。大切なのは、『現在』と『未来』。でもどちらも『過去』の上につくられていくもの。土台がないところに、ものを築き上げていくのはとても難しい。これが今、私の課題。

私は、今の彼と会えて、同じ方向をみて、常に成長していきたいっていう同じ価値感をもっていられる。こんなふたりより、価値観の違う同じ日本人のほうが、上手くやっていける?そんなはずは絶対ありません。

今は、与えられるものすべてのものに感謝し、そこから何を学べるか、得られるかを考えるようにしています。結局、私は常に選択肢の中を生きていて、その選択がそのときは間違ってるかもしれないけど、そこから何かを学び、ポジティブなほうにもっていければ、いつかは自分の選択肢を正しいと、思えるようになるんでは。いろいろな、オポチュニティーを与えられていても、それから、何かを生み出せないとき、そのオポチュニティーを与えられていたことさえ、忘れてしまうのに対し、すべてのこと、それがたとえつらいことでも、一見ネガティブなものでも、そこから何かを見出せれば、それは自分を「運のある人」って思わせてくれる要因になると、私は思っています。

私は、たくさん間違いもするし、弱虫だし、どん底にもおちるし、いらいらして周りにも当たるし、だらだらもするし、嫉妬もするし、かなりデキソコナイ、な部分があります。でも、一生懸命いきている、自分のそんなとこもまとめて、「は~私ってかわいい。」って思える、そんな私はものすごく幸せです。

少なくとも、私には、物理的には遠くに離れてても、いつだって、どんなに私が間違ったって、おばかだって、私を見捨てないで、支えてくれる両親がいて、近くには、私がどんなに不機嫌だって、私のこと「スキ、スキ、スキ」っていってくれつミライがいて、私に、「この人が私の毎日の生活の中に存在してくれることに、心のそこから感謝します」「この人が私にとって、支えになってくれているように、私もこの人に何かをしてあげたい」って思わせてくれる彼がいて。そして何より、健康であり、私の生活を支えている仕事があって。

私は幸せ。そう思います。
[PR]
by piccolamirai | 2006-07-12 15:11 | special thanks



la mia vita con piccola mirai
by piccolamirai